こまこまぶろぐ

妻一人、息子二人と暮らす父親の奮闘記

#67 自分のための「迷いと決断」について

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令和になっても毎日コツコツ、ブログ更新、こまこまです。

 

自分のステータスや他人からどう見られているか評価されているか気にして生きている。

他人は自分の事まったく気にしてはいない。

自分が思ってる以上に全く気にしてはいないけどそれを過大評価している人がほとんどです。

自分の存在は広大な原野である社会からみるとちっぽけなゴミみたいなもの。

わかっているけど気になってしまうのが自尊心というもの。

誰しもやっぱり自分が一番かわいい。

けどそういう利己主義ではダメ、他人の幸せに貢献できる自分でありたい。

他人のことを重んじることで生きていきたい。

そんな考え方はどこか虚栄心のわだかまりのような、、、。

 

最後は自分の人生のケツは自分で責任持って拭くしかない。

この世の中では自己責任論があるようで、この責任をとれない人が多い。

企業のトップも学校の校長も政治家もみんな責任をとらない大人ばかり。

これは昔から日本に蔓延していたメンタリティ。

 

私も今まで47年間迷い続けてきた人生でした。

でも決断しました。

自分の人生は自分のために生きようと。

他の誰のせいにもしない自分の人生。

たった一回しかない自分の人生だから悔いのないように生きたい。

このままだと悔いが残りそうなので。

仕事以外の時間は徹底して自分のために使う。

 

まず無駄な飲み会に参加しない。

社会人として同じ世界で26年間も在籍していると、少なからず惰性のつきあいが存在する。

昔同じ職場で、昔の上司からの飲み会の誘い。

全然楽しくなかった異動前の職場からの歓送迎会の誘い。

ただテニスするために所属している年金暮らし連中ばかりのテニス同好会からの飲み会の誘い。

全くお世話になったことがない人達が退職するので開催される激励会。

迷いを断ち切った今は「諸事情により欠席します」と迷いなく全て断っている。

 

人との付き合いは自分のためになると思っていたが違った。

付き合いがいい人間は軋轢を生むようなことなく、それなりに他人からの評価を受け社内政治のなかで高評価につながるかもしれない。

ただそれだけ。

たとえ高評価を受けても難しい仕事が回ってくるだけ。

少しだけ評価が高くなった分出世が早くなっても、もらえる給料に対してさして違いはない。

誤差の範囲でしかない。

飲み会にでても何も自分のプラスになるような話ないし、役立つ友好関係を築けるようなことなはい。

だから無駄な飲み会にはもうでない。

 

もうひとつ無駄な時間=テレビ観賞、これも自分の時間を奪うのでほとんどのテレビ番組はみないと決断した。

家族団らんとしてのサザエさんちびまる子ちゃんのテレビ観賞ならまだしも、

能無し芸能人によるバラエティ番組。

高学歴タレントによる頭いいアピール合戦のクイズ番組。

どうでもいいタレントの覚せい剤使用による逮捕、

同様に飲酒運転による逮捕について語る番組。

自分の人生にはどうでもよくないですか。

 

自分の時間は貴重です。命そのものです。大切に使いたい、それだけです。