こまこまぶろぐ

妻一人、息子二人と暮らす父親の奮闘記

#94 自分の人生は他人軸ではなく自分軸で

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どうも毎日記事更新こまこまです。

 

先日次のようなツイートをしました。

 

いわゆるイージスアシュアが地上配備型迎撃ミサイルシステムのことです。

岩屋毅防衛相は「今般の誤りは、断面図における高さ・縦軸と、距離・横軸の縮尺が異なっていたことに気づかないまま計算した」

居眠りを指摘された職員は、説明会の資料作成のために数日間、徹夜をしていたそうで、肝心の場で、眠気との戦いに敗れてしまったもよう。

 国会という場でも居眠りする政治家もいますが、、、。それはさておき居眠りしていた防衛省職員に非難のターゲットが向きがちですが問題の本質はそこではありません。そもそもどうして山の眺望角度を誤って計測という小学生レベルのミスが起きてしまったのか。

 

今回の基礎資料はおそらく防衛省の直接的な職員が作成したものではありません。

地形断面図を作成するために民間コンサルタントへ委託しているはずである。もちろん委託成果物を検査して防衛省側が納品する訳だが膨大な資料を確認できる体制がどこまで整えてあったのか疑問です。

 

飛行場を設置するときにもこのような切り口で確認するが今回のような初歩的なミスは考えられない。候補地選定の段階で本気でみんな議論したのか。このような大事なことはひとりの担当職員が行うものではない。高給取りのおっさんが何人も関わっている。そのおっさんたちは誰も気づかなかったけど誰も責任はとらない。

 

山の角度の知識を知って現地に出向いた防衛省職員が何人いただろうか。そもそもその知識を知っていた人がどれだけいただろうか。

 

先日、平成28年に児童が横断歩道を渡っていたところトラックと衝突して死亡した事故現場で事故当時の話を聞いた。トラック運転手は児童の存在に気付いていたが横断歩道を渡ることを予想できなかった。

 

横断歩道では徐行して渡ろうとするものがいれば止まることが必要な箇所。でも誰も徐行しないし止まる人を少ない。渡ろうとした児童は横断歩道は安全なものとの過信があり、右左の確認を怠ってしまった。もちろん止まらなかったトラック運転手に非があるのだが自分の命は自分で守る行動をとる必要があったかもしれない。

 

これからの梅雨時期の土砂災害も同じこと。自分の命は自分で守る意識をもって行動する必要がある。がけ崩れや土石流といった土砂崩壊は一瞬にして起きる自然現象。火山爆発や地震と同じです。予想することはどんなに科学が発達しても無理です。

 

科学的に対応できないならばどうすればいいか。

そのリスクを回避する行動をとるしかない。

土砂災害であれば危ない場所は土砂災害警戒区域として公表されているので誰でもネットから知ることができる。事前にわかっているので住まないという行動を選ぶことができる。

横断歩道を渡るときに交通事故に合わないためように左右確認してからしか渡らないという行動を選ぶことができる。。

横断歩道を通過するときに人がいれば絶対に車の運転手としては止まるとうい行動を選ぶことができる。

 

いろんな選択肢から行動を選ぶうえでは自己責任がつきまとう。

自分の命なので自分の命を守ることについて他人の責任にはできない。

 

みなさんは国民性を表した沈没船ジョークはご存知ですか。

さて、その世界各国の国民性を表した『沈没船ジョーク』とは?

■世界各国の人々が乗った豪華客船が沈没しかかっています。しかし、乗客の数に比べて、脱出ボートの数は足りません。したがって、その船の船長は、乗客を海に飛び込ませようとしますが…。さて、船長が各国の人を飛び込ませるために放った言葉とは何でしょう?

アメリカ人に対して・・・「飛び込めばヒーローになれますよ」

ロシア人に対して・・・「海にウォッカのビンが流れていますよ」

イタリア人に対して・・・「海で美女が泳いでいますよ」

フランス人に対して・・・「決して海には飛び込まないで下さい」

イギリス人に対して・・・「紳士はこういう時に海に飛び込むものです」

ドイツ人に対して・・・「規則ですので海に飛び込んでください」

中国人に対して・・・「おいしい食材(魚)が泳いでますよ」

日本人に対して・・・「みなさんはもう飛び込みましたよ」

 

日本人は自分がとる行動を他人軸で選択したがる国民性があります。

自分の人生をどう生きるかの選択肢についても他人軸ではなく自分軸で決定した方がよくないですか。

 

以上こまこまでした。